インド特許出願における対応外国出願通知義務のご紹介
2014年11月26日作成
インド特許庁へ特許出願を行う場合、出願人は、対応外国出願の明細事項をインド特許庁長官へ通知する義務を負います。この義務は、インド特許実務に特有のものであり、インド特許法第8条に記載されています。出願人がこの義務を履行しなかった場合、拒絶理由又は無効理由となる可能性や、特許の権利行使が制限される可能性があるため、細心の注意を払う必要があります(デリー高裁 CS(OS) No.930 of 2009, ケムチュラ社 Vs インド連邦(Union of India)(※5))。第8条(※1)の要件に関し、インド特許庁は、実務的なガイドラインを発行していませんが、インド知的財産審判部は、第8条の義務について具体的に言及する審決を行っています(例えば、審決173/2013:Ajantha社vs Allergan社(※3))。
第8条の義務は、以下の第8条(1)及び(2)の2つに分けることができます。
(I)インド特許法第8条(1)
ア)陳述書
インド特許法第8条(1)及びインド特許規則12(1)には、以下のように記載されています。
インド特許法第8条 外国出願に関する情報及び誓約書
(1)本法に基づく特許出願人がインド以外の如何なる国においても,同一若しくは実質的に同一の発明について単独で若しくは他の何人かと共同で特許出願を行っている場合,又は自己の知る限りにおいて当該出願が,何人かを通じて若しくはその者から権原を取得した何人かによって行われている場合は,当該出願人は,自己の出願と共に,又はその後長官が許可することがある所定の期間内に,次に掲げるものを提出しなければならない。
(a)当該出願の明細事項を記載した陳述書,及び
(b)前号で規定した陳述後の提出後に、インド以外のいかなる国において、同一若しくは実質的に同一の発明に関するその他の出願が出願された場合、その各々について、インドにおける特許付与日まで、前号に基づいて必要とされる明細事項を書面で随時所定期間内に長官に通知し続ける旨の誓約書
インド特許規則12
(1)第8条(1)に基づいて特許出願人による提出を必要とする陳述書及び誓約書は,様式3により作成しなければならない。
(1A)出願人が第8条(1)に基づいて陳述書及び誓約書を提出する期間は,出願日から6月とする。
説明−−本条規則の適用上,インドを指定する国際出願に対応する出願の場合の6月の期間は,当該対応する出願がインドにおいてされた実際の日付から起算する。
上記インド特許法第8条(1)(a)及びインド特許規則12(1)によれば、出願人は、インド特許出願に係る発明と同一の発明又は実質的に同一の発明についてインド以外の国へ特許出願を行った場合には、他国の全ての特許出願の明細事項を記載した陳述書を提出する必要があります。特許出願の明細事項とは、例えば、国名、出願番号、出願日、出願の状態、公開日及び登録日を意味しています(様式3(※4))。出願の状態として、例えば、出願(filed)、係属中(pending)、公開(published)、審査中(examined)、登録(granted)、放棄(abandoned)などの状態を記載します。この手続期間は、インド出願日(PCT出願の場合はインドへの国内移行日)から6月以内です。
イ)誓約書及び更新情報の通知
また、インド特許法第8条(1)(b)によれば、出願人は、陳述書とともに誓約書を提出する必要があります。様式3によれば、この誓約書は、出願人が以下の内容を宣誓することを義務づけています。
インド特許庁長官により特許が付与される日まで、インド国外へ提出された対応外国出願に関する明細事項をその出願日から3月以内に書面にて通知し続けることを誓約する。
出願人は、上記誓約書を提出することにより、インドにおいて特許が付与される日まで、対応外国出願の明細事項をインド特許庁長官に通知し続けることが義務付けられます。対応外国出願とは、インド出願と同一の発明又は実質的に同一の発明が記載された特許出願を意味しています。また、この対応外国出願には、第8条(1)(a)の陳述書の提出後に新たにインド国外へ出願した、あるいは、陳述書に記載された対応外国出願を分割したなどの理由により、陳述書に記載されていない対応外国出願と、陳述書に既に記載された対応外国出願との両方が含まれるものと思われます。明細事項は、陳述書と同じ内容が記入されます(様式3の付属書)。
従って、第8条(1)(a)の陳述書に記載して特許庁長官へ既に通知した対応外国出願については、明細事項に変更があれば通知し、更に、陳述書に記載されていない対応外国出願がある場合には、当該対応外国出願の出願日から3月以内に当該対応外国出願の明細事項を通知する必要があるものと思われます。
更に、上記誓約書に関し、インド特許規則12(2)には、以下の様に記載されています。
インド特許規則12
(1) …
(2)特許出願人が,第8条(1)(b)に基づいて当該人が提出すべき誓約書において,何れかの国において行った他の出願に係る明細事項について長官に通知し続けるべき期間は,当該出願日から6月以内とする。
インド特許規則12(2)(※2)は、対応外国出願の明細事項を外国出願日から6月以内に提出することを要求しています。しかしながら、出願人は、上述した誓約書を提出することが義務付けられているため、対応外国出願の明細事項を提出するための期間は、対応外国出願日から3月以内に制限されます。
ウ)インド知的財産審判部の審決
また、インド知的財産審判部は、以下の審決において第8条(1)の義務について言及しています(審決173/2013:Ajantha社vs Allergan社)。
65. 出願人は、インド以外の特許出願の明細事項を通知する陳述書を出願とともに提出しなければならない。この法律は、出願人に猶予期間を付与し、インド特許庁長官により許可された期間内にこの陳述書を提出することを認めている。出願人は、同一の又は実質的に同一の発明に関するいずれかの出願をインド国外へ提出した場合には、同一の又は実質的に同一の発明に関する他の全ての出願に関して第8条(1)(a)に基づいて要求される明細事項を長官に通知し続ける旨の誓約書をこの陳述書とともに提出する。(a)第8条(1)(b)の誓約書通りに長官へ明細事項を通知し続ける義務は、出願日からインドにおける特許付与の日まで続く。このため、出願人は、この法律に記載されているように、(b)長官に明細事項を「随時」提出しなければならない。つまり、一定期間ごとに定期的にこの情報が提出される必要がある。この法律は、外国へ提出された他の全ての出願に関して明細事項を提出することも出願人に要求している。(c)従って、この法律は、選別をしていないため、出願人は、同一又は実質的に同一の発明に関する他の全ての出願について長官に通知し続ける旨の誓約書を提出する必要があることを規定している。第8条(1)に基づく要求は、特許権者自身によって課せられ、事実上、特許権者は従うことを義務付けられる。この点において例外はない。
上記審決は、第8条(1)の義務について以下のA〜Cの注意点を指摘しています。
A.対応外国出願を通知する義務は、インド特許出願の特許が付与される日まで続くこと。
上記審決では、下線(a)に示すように、「第8条(1)(b)の誓約書通りに長官へ明細事項を通知し続ける義務は、出願日からインドにおける特許付与の日まで続く。」と言及しており、出願人が対応外国出願の明細事項を特許庁長官へ通知し続ける義務が、インド出願において特許が付与される日まで続くことを示しています。また、この義務が特許付与日まで続くことの根拠は、第8条(1)(b)の誓約書において出願人が「インド特許庁長官により特許が付与される日まで、インド国外へ提出された対応外国出願に関する明細事項を...書面にて通知し続ける」ことを誓約することであるということを示しました。
B.出願人は、一定期間ごとに定期的に対応外国出願の明細事項を通知する必要があること。
第8条(1)(b)では、出願人が対応外国出願の明細事項を「随時に(from time to time)」特許庁長官へ通知し続けることが義務付けられています。上記審決では、下線(b)に示すように、上記「随時に」が「一定期間ごとに定期的に(periodically and regularly)」を意味していることを示しました。つまり、出願人は、第8条(1)(a)の陳述書及び第8条(1)(b)の誓約書を提出した後、対応外国出願において特許が付与されたなど出願の状態が変化した場合には、当該外国出願の明細事項を更新情報として一定期間ごとに定期的に提出する必要があると思われます。「一定期間ごとに定期的に」という表現が、どの程度の頻度を意味しているのかについて具体的な基準は今のところ定められていません。例えば、インドの代理人の一人は、対応外国出願についてオフィスアクションを受領した場合には、速やかに更新情報を提出し、それ以外の場合には、1年に1度程度の頻度で更新情報を提出することを推奨しています。
C.出願人は、全ての対応外国出願について明細事項を通知し続ける必要があること。
上記審決では、下線(c)に示すように、出願人が全ての対応外国出願について明細事項をインド特許庁長官へ通知し続ける必要があることを示しました。このため、係属中の全ての対応外国出願のうち、いずれかの出願の状態が変化した場合には、当該対応外国出願の更新情報を提出する必要があります。特許法第8条(1)(b)が係属中の全ての特許出願の定期的な情報更新を要求しているという解釈は、デリー高裁において最初に判示されたものであり、インド知的財産審判部は、デリー高裁の判決に追随して上記審決を行ったと思われます(デリー高裁 CS(OS) No.930 of 2009, ケムチュラ社 Vs インド連邦(Union of India)(※5))。
エ)結論
出願人は、インド特許出願に係る発明と同一の発明又は実質的に同一の発明についてインド以外の国へ特許出願を行った場合には、インド出願日(PCT出願の場合はインドへの国内移行日)から6月以内に他国の全ての特許出願の明細事項を記載した陳述書を誓約書とともに提出する必要があると思われます。
また、陳述書に記載して特許庁長官へ既に通知した対応外国出願については、明細事項に変更があれば定期的に通知し、更に、陳述書に記載されていない対応外国出願がある場合には、当該対応外国出願の出願日から3月以内に当該対応外国出願の明細事項を通知する必要があると思われます。
(II)第8条(2)
インド特許法第8条(2)及びインド特許規則12(3)には、以下のように記載されています。
第8条 外国出願に関する情報及び誓約書
(1)…
(2)いつでも,長官は,インド以外の国における出願の処理に関する所定の詳細を提出することを出願人に要求することもでき,その場合,出願人は,自己に入手可能な情報を所定の期間内に長官に提出しなければならない。
インド特許規則12
(3)第8条(2)に基づいて長官によりその旨の命令があるときは,出願人は,発明の新規性及び特許性についての異論(ある場合)に関する情報,並びに容認された出願のクレームを含めて長官が必要とするその他の明細を,長官からの当該通知の日から6月以内に提出しなければならない。
上記インド特許法第8条(2)(a)及びインド特許規則12(3)によれば、出願人は、インド特許庁長官により要求された場合には、対応外国出願の審査経過を提出する必要があります。一般的には、インド特許庁長官は、第1回審査報告(First Examination Report, FER)において対応外国出願の審査経過を提出することを出願人に要求します。各FERには、以下の様な要求が記載されています。
2003年制定の特許規則の規則12(3)に言及されているように、全ての主要特許庁に提出された同一の又は実質的に同一の発明に関する特許が認められた出願のクレームを含む調査報告又は審査報告に関する詳細は、インド特許法第8条(2)に基づいて提供されたこの通知の受領日から6月の期間内に適切な翻訳とともに提出される必要がある。
上記FERによれば、出願人は、対応外国出願の審査経過として、対応外国出願のオフィスアクション、調査報告、特許が付与されたクレーム及びこれらの英訳を提出する必要があります。手続期間は、上記要求のあった日から6月以内です。インドの代理人の一人によれば、インド特許庁長官は上記要求を繰り返し行うため、出願人は、継続的に対応外国出願の審査経過を提出する必要があります。
参考URL:
(※1)インド特許法8条:
i) http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/fips/pdf/india/tokkyo.pdf
ii) https://www.jetro.go.jp/world/asia/in/ip/pdf/2014_intelproperty_3.pdf
(※2)インド特許規則12:http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/fips/pdf/india/tokkyo_kisoku.pdf
(※3)審決173/2013:Ajantha社vs Allergan社)
http://www.ipab.tn.nic.in/173-2013.htm
(※4)陳述書及び誓約書(様式3):
http://ipindia.nic.in/ipr/patent/patent_FormsFees/Form-3.pdf
(※5)デリー高裁 CS(OS) No.930 of 2009, ケムチュラ社 Vs インド連邦(Union of India)
i) http://www.buylawsindia.com/Delhi%20High%20Court%202009%20IP%20Case.pdf
ii) http://knpt.com/contents/india/india2013.10.21.pdf