判例紹介 No.21
知財高裁平成22年5月27日判決 平成21年(ネ)10006号
1.事実関係
原告Xは、自己の特許出願が出願公開された後、被告Yに対し内容証明郵便によりYの製品との関係を検討するように求めたが、「特許権の設定の登録がされた場合に警告後の行為につき補償金請求権を行使する」旨の記載はしなかった。
その後、特許請求の範囲を減縮補正して特許権が成立した。XはYに対し損害賠償金および補償金を請求する訴訟を提起したが、原審判決(東京地裁平成19年(ワ)28614号)は、すべて請求棄却とした。控訴審の中間判決は、Yの製品は均等物として技術的範囲に属すると判断して、損害賠償請求を認めた。
2.争点
(1)補償金請求権に均等論が適用されるのか。
(2)「特許権の設定の登録がされた場合に警告後の行為につき補償金請求権を行使する」旨の記載がなくても警告に該当するか。
(3)補正後の特許請求の範囲を示して再度警告する必要があるか。
3.判決理由の要点
(1)被告は,警告が発せられたのは,補正前の特許請求の範囲に基づくものであるから,これに基づく補償金請求には,均等の手法による技術的範囲の解釈は適用されない旨を主張する。
しかし,本件特許の各補正は,特許請求の範囲を減縮し又は明瞭にする目的の範囲にとどまるものであること,被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか否かについては,補正後の設定登録を経由した発明の技術的範囲に基づいて判断していることに照らすならば,被告の主張は,理由がない。
(2)特許権の設定登録がされた場合に警告後の行為につき補償金請求権を行使する可能性があり,補償金請求の前提として警告していることが少なくとも黙示に示されているときには,相手方は,特許出願に係る発明の存在と内容を知り,その発明を実施する場合に補償金請求権の行使があり得ることを認識することができる。そうすると,「特許権の設定の登録がされた場合に警告後の行為につき補償金請求権を行使する」旨の明示の記載までは必要でなく,書面において,特許権の設定登録がされた場合に警告後の行為につき補償金請求権を行使する可能性があり,その警告が補償金請求の前提としてされていることが少なくとも黙示に示されていれば足りる。
(3)補正は,いずれも特許請求の範囲を減縮し又は明瞭にするものであったから、補正がされることによって,発明の技術的範囲に属しなかった製品が,技術的範囲に属するようになることは想定できない。被告製品は,補正の前後を通じて発明の技術的範囲に属する。したがって,警告後に補正がされることによって第三者に対して不意打ちを与えることはないから補償金請求の前提としての警告をした後,補正がされたからといって,再度の警告をしなければならない理由はない。
(4)原判決を取り消す。被告は、原告に対し補償金を支払え。
4.検討
補償金請求の対象物は、特許発明の技術的範囲に属するものである。したがって、均等物として技術的範囲に属する物も補償金請求の対象となる。本判決の判断は妥当である。
警告の有無は、特定の文言が記載されているか否かという形式的観点から判断するのでなく、実質的に判断することを本判決は示している。
減縮補正の場合は、補正後の内容を示して再度警告する必要はないという判断は、自動車用アースベルト事件最高裁判決(第三小法廷昭和63年7月19日 昭和61年(行オ)30号、31号、民集42巻6号489頁)で示されている。本判決は、これを踏襲したものである。