判例紹介 No.26
知財高裁平成23年10月4日判決 平成22年(行ケ)10329号
1.特許庁における手続きの経緯
原告は,名称を樹脂凸版とする発明について,特許出願をしたが,拒絶査定を受けたので,不服の審判を請求するとともに,補正を行った。特許庁は,審判請求を不服2009−5549 号事件として審理をし,補正後の発明は、特許法29条2項の規定により,出願の際独立して特許を受けることができないと判断し、補正を却下するとともに,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
2.本願発明(特開2008-137209号)
(1) 特許請求の範囲(符号は筆者記入)
印刷部1aの表面に多数の凸部2が形成された透明な凸版本体1と,この凸版本体の裏面に接合され裏打ちされた透明なベースフィルム3と,このベースフィルムの裏面に透明な接着剤層7を介して積層された透明な合成樹脂板8とを備えた樹脂凸版であって,上記合成樹脂板の裏面にバーコード5が,上記凸版本体の印刷部とは別の個所の表面側から読み取り可能な状態で形成されていることを特徴とする樹脂凸版。
(2)発明の詳細な説明および図面の概要
使用頻度等の管理が簡単に行える樹脂凸版を提供する。
本発明の樹脂凸版では、それ自体の表面に多数の凸部が形成された印刷部とは別の個所の裏面にバーコードが、樹脂凸版の表面側から読み取り可能な状態で形成されている。したがって、工場等で使用している複数の樹脂凸版ごとに履歴表を作成し、各樹脂凸版の使用ごとに、その使用日時,使用回数,使用時間等を履歴表に記録すると、次回の使用の際に、使用しようとする樹脂凸版のバーコードを、バーコードリーダーにより樹脂凸版の表面側から読み取ることで、これと同時に、このバーコードに対応する樹脂凸版の履歴表をパソコンの画面上に映し出すことができ、この作業に手間や時間がかからず、簡単に行える。そして、履歴表の記録を見ながら、使用する樹脂凸版の使用頻度を調べ、そのまま使用するか、廃棄するかを判断できる。
3.引用例、周知技術および審決の要点
(1) 引用例(特開平10-230581号)
カッピング現象(凸部の周辺の厚さが凸部の中央部に比べて厚くなる)が生じにくい、液晶表示部の配向膜印刷用樹脂凸版を提供する。
1:樹脂凸版本体、2:ベースフィルム、3:感圧性接着剤層、4:金属板又は合成樹脂板
(2)審決が認定した周知技術1
刷版の裏面にバーコード等の識別情報を設けて刷版を管理することは,本願の出願前に周知である(特開2005−31117号公報,特開平10−128955号公報などを参照)。
(3) 審決が認定した周知技術2
透明基材の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすることは,本願の出願前に周知である(特開2002−150478号公報,特開2002−40960号公報などを参照)。
(4) 審決理由の要点
引用例に記載された樹脂凸版において,刷版の裏面にバーコード等の識別情報を設けて刷版を管理するという周知技術1と,透明基材の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにするという周知技術2などを適用することにより,補正後の発明を当業者が容易に発明をすることができた。
4.本判決の要点
(1)結論
特許庁がした審決を取り消す。
(2)理由
審決において周知技術2を示すために例示された各公知技術には,「透明基板の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすること」が記載されているものの,いずれの証拠も刷版に関するものではなく,補正された発明の技術分野とは異なる技術分野に関するものであるから,これらの証拠から,「透明基材の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすること」が,補正発明の技術分野において一般的に知られている技術であるということはできない。
透明な材質に設けられたバーコード自体は,「シンボルの方向に関係なく両面から機械読み取り可能な情報担体」であると解されるが,そのような一般的技術が認められるとしても,「透明基材の一方の面にバーコードを設けて,他方の面からバーコードを読み取るようにする」ことが,補正発明の属する刷版の技術分野において周知の技術であるとはいえない。
5.検討
進歩性欠如の拒絶理由において、引用発明と周知技術の組み合わせが頻繁に使用されるが、特許法29条2項の規定「・・・その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が・・・容易に発明することができたときは、・・・特許を受けることができない。」によれば、その周知技術は、その発明の属する技術分野において周知であることが必要である。
本件の周知技術2は、透明基材に付したバーコードの読み取りに関するものであるが、本願発明の技術分野である刷版における周知技術であるとは言えない。審決は、周知技術1,2を芋蔓式につなげるもので、不適切である。実務においては、拒絶理由通知に示された周知技術が本願発明の属する技術分野のものであるか厳密に見定める必要がある。