知的財産権の判例紹介

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判例紹介 No.29

引用発明と引用発明2とは解決課題および解決手段が大きく異なるから、両発明を組み合わせる必然性も動機付けはなく、引用発明に引用発明2を適用して本願発明に至ることは容易でないとした判決

知財高裁平成24年1月31日判決 平成23年(行ケ)10142号

特許事務スタッフ

1.本願発明(特開2006-223782号)
(1) 特許請求の範囲 【請求項1】陶磁器の容器の内部全体と,蓋の内部全体に,磁性体,磁性フェライトを粉体にし,粒子同士が結合されるよう薄膜層状に結合させ,釉薬の下に塗布し,焼結した陶磁器を電子レンジのマイクロ波によって,加熱するにあって,磁性体及び磁性フェライトにマイクロ波が吸収され電子スピンの回転運動の向きがそろい,磁化が増幅し,磁性体,磁性フェライトの薄膜層にマイクロ波の電界による電磁誘導によって自己磁場が誘導されることから,誘導加熱,渦電流損による加熱が生じ,マイクロ波の周波数と磁性体,磁性フェライトの周波数がほぼ等しく,同調することから,強磁性共鳴が生じ,熱交換の機能を付加し,発熱効率の高まる陶磁器内部にあって,調理,加熱,解凍を行う方法。

(2) 発明の詳細な説明・図面
 本発明は、電子レンジのマイクロ波加熱を目的にし、従来の電子レンジの加熱よりも熱効率を上げ、陶磁器に一定の温度の制御機能を持たせ、安全に調理、加熱、解凍処理及び取り扱いができる技術に関する。
 食品に直接マイクロ波を照射し、加熱すると化学変化や化学合成等の化学反応を起こす危険性があることが解り始めた。食品の安全性や危険性を回避するためには、直接食品にマイクロ波が吸収しない調理、加熱、解凍が求められている。
 陶磁器の内部全体に磁性体又は磁性フェライトの粉末を塗布し、5〜20ミクロンの薄い膜を作り、その上に釉薬を燒結し、陶磁器を仕上げた。この陶磁器を電子レンジのなかに入れると、マイクロ波は、外側の素焼きの部分を透過し、磁性体又は磁性フェライトに100%近く吸収され、発熱し、直接食品にマイクロ波が到達しない。このとき塗布した磁性体又は磁性フェライトの発熱は、マイクロ波が磁性フェライトに対して誘電加熱と誘導加熱の渦電流の相乗効果とマイクロ波電界の電磁誘導による磁場の増幅によるマイクロ波の吸収効果が生じ、熱効率が高くなる。
 土鍋の蓋と容器の内面全体にマンガン−亜鉛−フェライトを平均10ミクロンの粒子の粉体にして塗布した。マンガン−亜鉛−フェライトのキュリー温度は、200℃、このときのマンガン−−亜鉛−フェライトの薄膜の厚さは10〜20ミクロンであった。その上に釉薬を塗布し、1200℃で電気釜において燒結した。

特許事務所 大阪 大槻国際特許事務所

2.引用発明および引用発明2
(1) 引用発明(特開平2−271808号公報)
 セラミック製の電子レンジ用調理容器にて焼芋、焼栗あるいは焼魚の調理を行うときは、マイクロ波により芋等が内部加熱され水分が蒸発するとともに芋等の風味が飛散し、焼芋等の風味が著しく損なわれるという問題があった。
 本発明の目的は、汎用の電子レンジにより風味の良い焼芋等の調理ができ、調理時間を短くできる電子レンジ用調理容器を提供することにある。
 調理容器10は、内外2層の容器本体11と蓋体12とから構成される。容器本体11の外側の層はマイクロ波を透過するセラミック材にて形成される非電波吸収断熱層13にて構成され、内側の層はセラミック粉とマイクロ波を吸収して発熱し赤外線を放射するフェライト粉とを混合形成し焼結した被調理物加熱層14にて構成される。被調理物加熱層14は、マイクロ波の吸収率が50〜70%である。
 マイクロ波は調理容器10の非電波吸収断熱層13を透過して被調理物加熱層14に至る。マイクロ波の一部はセラミック材を通って芋Aに送出され、芋Aの内部で誘電加熱が行われる。マイクロ波の他の部分はフェライト材にて吸収され、250〜300℃に発熱し赤外線が芋Aに放射され、芋Aの外部加熱が行われる。
 芋Aはマイクロ波による内部加熱及び赤外線による外部加熱が行われ、内外から効率よく加熱され短時間で調理が行われる。また、赤外線加熱により芋Aの外側が強く焼かれるので内部の風味が逃げることがない。

特許事務所 大阪 大槻国際特許事務所

(2) 引用発明2(特開2004−97179号公報)
 電子レンジなどで解凍又は加熱する物質に直接マイクロ波を照射すると磁性の高い物質や油脂部分が偏った加熱温度になり均一な解凍や加熱が得られずに品質を損なうことが多い。
 アセトアルデヒドにマイクロ波を照射するとニトロソ化することが発表されている。ニトロソ化物質は癌の原因因子とされている。
 磁性体の発熱温度を利用した輻射熱加熱は加温による品質変化以外には品質の変化が少なく安全な加熱ができる。
 蓋付きの石英ガラスの200cc入りのボールにキュリー温度70℃の磁性体(ソフトフェライトシート)を内側全体に張りその外側にマイクロ波を遮断するアルミ箔を張り、ポタージュスープを約150gを入れ−20℃凍結させた。凍結後に電子レンジに入れ5分間マイクロ波を照射するとポタージュスープはほぼ均一な68℃の温度で解凍されていた。

特許事務所 大阪 大槻国際特許事務所

3.審決理由の要点
 本願発明は,引用発明,引用発明2及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

本願発明と引用発明の一致点と相違点
(1)一致点
 「陶磁器の容器の内部全体と,蓋の内部全体に,磁性体,磁性フェライトを粉体にして形成した,内側の層を有する,焼結した陶磁器を電子レンジのマイクロ波によって,加熱するにあって,熱交換の機能を付加し,陶磁器内部にあって,調理,加熱を行う方法。」である点。

(2)相違点
相違点A(他の相違点は省略)
 陶磁器に関して,本願発明が「容器の内部全体と,蓋の内部全体に,磁性体,磁性フェライトを粉体にし,粒子同士が結合されるよう薄膜層状に結合させ,釉薬の下に塗布し,焼結した」ものであるのに対して,引用発明は「セラミック粉と結合材と混合成型し焼結した,セラミック材等にて形成されるマイクロ波を透過する非 電波吸収断熱層13にて構成される外側の層と,セラミック粉と,マイクロ波を吸収して発熱し赤外線を放射するフェライト粉と,このセラミック粉とフェライト粉とを結合する結合剤とを混合成形し焼結して,マイクロ波の吸収率を50%〜70%とした,被調理物加熱層14にて構成され,調理容器10の内部空間を囲むよう設けられた内側の層との,内外2層に形成された,有底筒状の容器本体11とこの容器本体11の上部開口を開閉する蓋体12とから構成された」ものである点。

(3) 相違点Aに関する判断
 引用刊行物2の,マイクロ波が直接食品に照射されると癌の原因因子が生成されたり,均一な温度による解凍又は加熱が困難となることを避けるためにマイクロ波を遮断してマイクロ波が直接当たらないようにすること,及びそのときソフトフェライトシートによる加熱容器の内部や表面に付着した磁性体をマイクロ波で加熱してその輻射熱で解凍又は加熱することの示唆に基づいて,引用発明の内部加熱のための被調理物加熱層14を透過するマイクロ波の一部について,このマイクロ波が透過しないように被調理物加熱層14のセラミック材をなくし,フェライト粉によってマイクロ波を遮蔽するようなすことは当業者が格別の困難性を要することなくなし得たことである。引用発明も,マイクロ波により芋等が内部加熱されると焼芋等の風味が著しく損なわれるという問題点に対して,内部加熱するマイクロ波を減らすものであって,よりよい風味を求めて外部加熱のみとすべく,フェライト粉によりマイクロ波を遮蔽することも当業者が格別の困難性を要することなくなし得たことである。相違点Aに係る本願発明の構成とすることは当業者が容易になし得たことである。
 また,本願発明の粒子同士が結合されるよう「薄膜層状」に結合させるとの構成は,マイクロ波により発熱する層を設けるために,発熱する物質(例えばフェライト粉)を薄膜状に塗布することは,例えば特開2001−316号公報や国際公開第2005/007532号等にも示されるように,当業者が通常なす程度の設計的事項といえる。

4.判決理由の要点
 引用刊行物2には,磁性体シートにおけるキュリー温度相当の外部加熱のみによって素材を加熱するため,磁性体シートを透過したマイクロ波をアルミ箔等の遮断層で反射することによって,素材にマイクロ波が直接当たらないように遮断することが記載され,さらに,磁性体シートは,マイクロ波の吸収による発熱の機能を担うのであってマイクロ波の遮断までも担うものではないこと,マイクロ波の遮断機能を担うのはアルミ箔であることが示されている。
 引用発明は,調理品等の味覚が損なわれるのを防止するためフェライト材とセラミック材とが併存するように被調理物加熱層14を構成し,マイクロ波の外部加熱と赤外線の誘電加熱とを併用加熱することによって,課題を解決するものであるのに対して,引用刊行物2記載の技術は,素材に対し,均一な温度による解凍又は加熱を実現するため,マイクロ波を対象物に直接照射させないようにアルミ箔などで遮断して,外部加熱のみによって素材を加熱するものである。すなわち,引用発明は,素材を内外から加熱することに発明の特徴があるのに対して,引用刊行物2記載の技術は,マイクロ波の素材への直接照射を遮断することに発明の特徴があり,両発明は,解決課題及び解決手段において,大きく異なる。引用発明においては,外部加熱のみによって加熱を行わなければならない必然性も動機付けもないから,引用発明を出発点として,引用刊行物2記載の技術事項を適用することによって,本願発明に至ることが容易であるとする理由は存在しない。

5.検討
 本判決は、二つの引用発明を結び付ける動機付けを否定する理由として、両発明の課題および解決手段が大きく異なることを挙げている。
最近の知財高裁は、二つの引用発明の技術分野が関連しているだけでは動機付けを認めず、更に課題および解決手段を検討した上で判断している。これを「課題および解決手段」アプローチと言うこともある。
 審決には見落としがあった。それは、判決が指摘しているように、引用発明2の磁性体シートは、マイクロ波の一部を吸収して発熱するものの、残りのマイクロ波は透過させており、マイクロ波を遮断する機能はないことである。これにより、引用発明2の磁性体シートがマイクロ波を遮断する能力をもつことを前提とした審決の論理は崩れた。引用発明2には、磁性体シートのマイクロ波遮断(吸収)能力を引用発明の被調理物加熱層14に比し格段に高くするという技術思想は開示されていない。

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