判例紹介 No.22
知財高裁平成22年6月29日判決 平成21年(行ケ)10323号
1.特許庁における手続き
原告は、洗濯機の検査装置の特許に対し、進歩性欠如を理由とする特許無効審判を請求した。
特許庁は、進歩性欠如の証拠として提出されたX社の洗濯機のテクニカルガイド(甲1)は、サービス業者に秘密保持契約を結ぶことなく配布されたことが確認できないこと、サービス業者が不特定多数人に閲覧、頒布させていないこと、等を理由として、特許法29条1項3号にいう刊行物に該当しないと判断し、審判の請求は成り立たないと審決した。原告は、審決の取り消しを求めて提訟した。
2.本判決の概要
(1)結論
甲1が本件特許出願日前に頒布された刊行物(特許法29条1項3号)に該当しないとした審決の判断は誤りである。審決を取消す。
(2)理由
特許法29条1項3号所定の「刊行物」を「頒布」するとは,不特定の者に向けて,秘密を守る義務のない態様で,文書,図面その他これに類する情報伝達媒体を頒布することを指す。
ア)頒布の対象者について
甲1は,その内容,体裁,作成者に照らすと,製品(洗濯機)の販売・配送・施工・修理等を行うサービス業者の便宜のために,製造業者であるX社により作成されたガイドブックである。
X社は,日本全国に膨大な数量の洗濯機を販売していたことから、販売・配送・施工・修理等を行うサービス業者等は,日本全国に多数存在し,X社の直営店だけでなく,中小電器店や家電量販店など,規模や業態も様々であった。
甲1のテクニカルガイドについて,通し番号を付すなどして管理されていたことや,配布先を特定して管理されていたこと,又は第三者への再頒布や開示が禁止されていたこと等の事実を認めることはできない。そうすると,甲1の配布の対象者ないし所持者は,不特定の者であったと解するのが相当である。
イ)秘密保持契約の有無について
甲1の作成者であるX社とサービス業者との間で,甲1の記載のすべて又は一部について,明示の秘密保持契約を締結した事実を認めることはできない。
甲1のようなテクニカルガイドは,サービス業者の便宜のために頒布されるものであって,顧客(消費者)に交付されることは想定されていない。しかし,そのような趣旨で作成されたものであったとしても,そのことから直ちに,甲1について秘密保持契約が締結されていたと認定することはできない。
のみならず,甲1について,黙示にも秘密保持契約が締結されていたと認定できない。すなわち、甲1には,公知の事項が多数含まれており(例えば、「定格」に記載された事項は,取扱説明書(甲5)の「仕様」及び洗濯機NA-F55A2(甲6)の「家庭用品品質表示法による表示」に記載されており,「ソフト仕上げ剤仕様目安」に記載された事項は,同洗濯機(甲6)の「洗濯容量水量ソフト仕上剤量の目安」に記載されている),仮に,秘密保持契約を締結するのであれば,守秘義務の対象を特定するのが自然であるが,秘密として取り扱うべき事項の特定がされた形跡はない。
以上のとおり,甲1について秘密保持契約が締結されたことは認められず,甲1に記載された事項は,顧客(消費者)との関係も含めて,秘密性はない。
3.検討
一眼レフカメラ事件最高裁判決(昭和55年7月4日第二小法廷 昭和53年(行ツ)69号 民集34巻4号570頁)は、「特許法29条1項3号にいう頒布された刊行物とは、公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書、図面その他これに類する情報伝達媒体であって、頒布されたものを指す」と判示しているので、秘密性のある文書は頒布された刊行物に該当しない。そこで、本件の甲1の如く、製造業者がサービス業者に配布しているが消費者には配布していないテクニカルガイドが秘密性のある文書か否かが問題となる。
審決は、配布に際し守秘義務を課していないことが確認できていないことを理由に秘密性があると判断した。それに対し本判決は、配布に際し守秘義務を課していることが確認できていないことを理由に秘密性は無いと判断した。
本判決は、サービス業者だけに配布されたテクニカルガイドであっても、配布に際し守秘義務を課していない場合は、特許法29条1項3号にいう頒布された刊行物に該当するものと判断した点で注目に値する。