判例紹介 No.03
最高裁平成19年11月8日第一小法廷判決 平成18年(受)826号
1. 事案の概要
市場で適法に販売されたプリンタのインクカートリッジのインクを使いきって残ったインクタンク本体を中国マカオにある甲会社が収集し、インクを再充填して日本に輸出し、これを上告人が日本国内で販売していた。被上告人は、上告人の行為は自己の特許権の侵害であるとして侵害差止請求した。原審知財高裁判決は、これを認めた。そこで上告人が上告した件である。
争点は、被上告人の特許権は消尽したか否か、特許製品の再利用が許されるか否かである。
2.被上告人(特許権者)の特許
本発明は、インクジエット記録用のインクを収容したカートリッジに関する。一般的にカートリッジは、インクを収納した液体収納室と、ここから供給されたインクを毛管力を利用した負圧発生部材により保持し記録ヘッドに供給すると共に消費されたインクに見合った空気を液体収納室に導入する負圧発生部材収納室とから構成される。物流時にこのようなカートリッジを液体収納室が上で負圧発生部材収納室が下になる姿勢に置くと液体収納室から負圧発生部材収納室にインクが漏れだして開封時に溢れ出て使用者の手を汚すという問題があった。
本発明は、負圧発生部材を液体収納室と連通する側の第1の負圧発生部材と大気連通部側の第2の負圧発生部材とで構成し、両者の境界にある圧接部の毛管力を第1及び第2の負圧発生部材の毛管力より高くし(構成要件K)、液体収納容器の姿勢によらずに圧接部の界面全体が液体を保持可能な量の液体が負圧発生部材収納室内に充填されている(構成要件H)ようにしたので、液体収納室を上にして置いても第1の負圧発生部材の液体が界面を通して第2の負圧発生部に溢れ出ることを阻止できる。
3. 原審知財高裁判決の要点
下記の類型1、類型2に該当する場合には特許権は消尽せず、権利行使が認められる。
類型1:特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再利用された場合。
類型2:特許製品中の特許発明の本質的部分(特許請求の範囲の構成のうち、特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核を成す特徴的部分)を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合。
上告人製品は特許発明の本質的部分である構成要件K、Hを加工又は交換したものであるから類型2に該当すると判断し、特許権の消尽(国内及び国際)を認めず、特許権の行使を認めた。
4. 本判決の要点
(1)結論:上告を棄却する。
(2)理由:
a)国内消尽について
特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるのは,飽くまで特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに限られるものであるから,特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,特許権を行使することが許されるというべきである。そして,上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり,当該特許製品の属性としては,製品の機能,構造及び材質,用途,耐用期間,使用態様が,加工及び部材の交換の態様としては,加工等がされた際の当該特許製品の状態,加工の内容及び程度,交換された部材の耐用期間,当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである。
b)国際消尽について
我が国の特許権者等が国外において特許製品を譲渡した場合においては,特許権者は,譲受人に対しては,譲受人との間で当該特許製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨の合意をした場合を除き,…当該特許製品について我が国において特許権を行使することは許されないものと解されるところ(最高裁平成9年7月1日第三小法廷判決),これにより特許権の行使が制限される対象となるのは,飽くまで我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品そのものに限られるものであることは,特許権者等が我が国において特許製品を譲渡した場合と異ならない。そうすると,我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,我が国において特許権を行使することが許されるというべきである。そして,上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされた場合と同一の基準に従って判断するのが相当である。
c)本件への当てはめ
上告人製品においては,インクタンク本体の内部を洗浄することにより,そこに固着していたインクが洗い流され,圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁を形成する機能の回復が図られるとともに,使用開始前の被上告人製品と同程度の量のインクが充填されることにより,インクタンクの姿勢のいかんにかかわらず,圧接部の界面全体においてインクを保持することができる状態が復元されているというのであるから,上告人製品の製品化の工程における加工等の態様は,単に費消されたインクを再充填したというにとどまらず,使用済みの本件インクタンク本体を再使用し,本件発明の本質的部分に係る構成(構成要件H及び構成要件K)を欠くに至った状態のものについて,これを再び充足させるものであるということができ,本件発明の実質的な価値を再び実現し,開封前のインク漏れ防止という本件発明の作用効果を新たに発揮させるものと評せざるを得ない。
これらのほか,インクタンクの取引の実情など事実関係等に現れた事情を総合的に考慮すると,上告人製品については,加工前の被上告人製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認めるのが相当である。したがって,特許権者等が我が国において譲渡し,又は我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品である被上告人製品の使用済みインクタンク本体を利用して製品化された上告人製品については,本件特許権の行使が制限される対象となるものではないから,本件特許権の特許権者である被上告人は,本件特許権に基づいてその輸入,販売等の差止め及び廃棄を求めることができるというべきである。
5. 検討
(1)適法に販売された特許製品の再利用(リサイクル)に対して、特許権は適法な販売により消尽し権利行使はできないのか問題となる。これについては、使い捨てカメラ事件判決(東京地裁平成12年8月31日)を初めとして相当数の地裁・高裁判決が出ている。今回の最高裁判決は、この問題の統一した指針を与えるものであり、下記の点が注目される。
a)特許権は消尽せず、再利用(リサイクル)が特許権侵害となる要件を「特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるとき」と定め一本化した。特許製品が新たに製造されたとは、「発明の本質的部分に係る構成を欠くに至った状態のものについて,これを再び充足させる」ことと定めた。
これは、知財高裁判決が示した類型1及び類型2を後者に基づいて一本化したものと言える。また、生産行為については特許権の消尽はあり得ないという大原則に基づき判断すべきことを示したものである。
b)以上の基準が特許製品の国際的消尽にも適用されることを示した。
c)「特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては、当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当」と定め、具体的案件に適用するに際これらの各要素を総合考慮すべきことを示した。
(2)本判決を受けての対策
a)本判決をもって、特許製品の再利用(リサイクル)が一律的に特許権の侵害となるものと誤解してはいけない。特許権の侵害となるのは、「発明の本質的部分に係る構成を欠くに至った状態のものについて,これを再び充足させる」場合であるから、発明の非本質的部分を加工・交換する場合は特許権の侵害とならない。
b)本件訴訟の背景には、装置本体(プリンタ)は安く売っておいて消耗品(インクカートリッジ)を高く売って儲けるという装置メーカーのビジネス戦略がある。本件判決は、特許を通してそのようなビジネス戦略が維持できることを示したといえる。本件で特許権者が勝訴した原因は、インクと容器の共働作用を技術的特徴(本件の構成要件K,H)とする発明について特許を取得したことによる。インクの使い切りにより一旦失われた発明の技術的特徴が再充填により回復することが新たな特許製品の製造になるからである。リサイクル業者の側としては、消費者が持ち込んだ使用済のインクカートリッジに短時間(本発明の構成要件K,Hは7〜10日で失われるのでそれ以前)でインクを再充填すれば本件特許権の侵害とはならない。