判例紹介 No.11
知財高裁平成20年9月29日判決 平成19年(行ケ)10213号
1. 本願発明
【請求項1】熱分解法により製造され,官能化され,機械的作用により構造変性された官能化ケイ酸において,表面上に固定された官能基を有し,その際,前記官能基は3−メタクリルオキシプロピルシリル及び/又はグリシジルオキシプロピルシリルであり,次の物理化学的特性データ:
BET表面積[m2/g] 25〜380
一次粒子径[nm] 6〜45
突固め密度[g/l] 50〜400
pH 3〜10
炭素含有量[%] 0.1〜15
DBP数[%] <200
を有することを特徴とする,構造変性された官能化ケイ酸。
【請求項2】請求項1記載の構造変性された官能化ケイ酸の製造方法において,ケイ酸を,適した混合容器中で激しく混合しながら,場合により最初に水又は希酸,ついで表面変性試薬又は幾つかの表面変性試薬の混合物と共に噴霧し,場合により15〜30分間後混合し,100〜400℃の温度で1〜6時間の期間に亘り熱処理し,ついで官能化されたケイ酸を機械的作用により破壊/圧縮し,場合によりミル中で後粉砕することを特徴とする,請求項1記載の構造変性された官能化ケイ酸の製造方法。
【実施例】例1AEROSIL 200を、水4部及び3−トリメトキシシリル−プロピルメタクリレート18部と混合し、保護ガス下に140℃で熱処理する。シラン化されたケイ酸を、ついで連続的に運転する直立ボールミルで約250g/lに圧縮する。
2. 審決の要点(不服2004−17052)
(1)本願明細書に記載される実施例のものは,AEROSIL200の使用量が不明であるなど,出発原料や製造方法の具体的な詳細について明確かつ十分に開示されていないので,特許請求の範囲に記載された6つのパラメータの全部を同時に満たす官能化ケイ酸を製造するためには,当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤を行う必要が生じることとなるから,AEROSIL200の使用量及び140℃で熱処理する時間についての具体的な記載が存在しない本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとは認められない。
(2)本願発明2は,「1〜6時間の期間に亘り熱処理」することを発明特定事項としているところ,本願明細書に記載された例1のものにおいては,熱処理の時間が記載されていないので,本願発明2は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものではなく,特許法第36条第6項第1号の規定に適合しない。
3. 判決理由の要点
(1) 熱処理時間について
表面変性試薬を利用したケイ酸の表面変性処理における熱処理の目的が水分の除去にあることは技術常識であることに加え,「反応の終点は粘度の連続的測定により簡単に決定できる。」(イ),「熱処理時間は特に限定されない」(カ),「反応温度,時間については特に制限はない」(ク),「疎水化処理の反応条件も特に限定されない」(エ)などとされているほか,実施例の記載として,温度のみを記載し,時間を記載していないもの(オ)も存在することからすると,当業者は,熱処理条件のうち,少なくとも時間については,表面変性のために必要な水分除去が行われる限りにおいて,特定の範囲に限定する技術的な必然性は存在しないと認識していることが認められるから,むしろ,熱処理の時間を具体的に限定する必要はないという技術常識が存在するということができる。(注:イ、エ、オ、カ、クは出願日前の公知文献である。)
本願発明2においてケイ酸と表面変性試薬の混合物に対して行われる熱処理及び本願明細書の例1における熱処理が,ケイ酸(AEROSIL200)を官能化(シラン化)するために行われるものであることは,当業者における技術常識,特許請求の範囲の記載,本願明細書における記載から明らかである。
そして,上記当業者の技術常識を踏まえると,本願明細書には熱処理の時間を具体的に限定する必要がない発明が開示されているということができるのであり,本願発明2において熱処理の時間を「1〜6時間」と限定したのは,本来,具体的に限定する必要がない熱処理の時間について,一般的に採用されるであろうと考えられる範囲に限定して特許を受けようとしたものと解するべきであるし,前記の公知技術の状況からすると,当業者においてもそのような技術的意義を有するものとして理解するであろうと推認されるから,本願明細書の実施例において熱処理の時間が記載されていないことを理由として,本願発明2がサポート要件を満たさないとすることはできない。
また,上記当業者の技術常識によると,水分の除去が十分に行われるように熱処理の時間を適宜調整することができるから,「140℃で熱処理」する時間が明らかにされてないことを理由として,発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たさないとすることはできない。
(2) 出発原料の使用量について
ケイ酸の表面変性処理におけるケイ酸と表面変性試薬の量については,公知文献において、「疎水化剤として使用される有機珪素化合物の使用量は,実用上,原料の二酸化珪素粉末に対して概ね0.5〜40重量%が好ましい。使用量が0.5重量%より少ないと,疎水化の効果が低く,また使用量が40重量%を越えても疎水化の効果は大きな差はない。」(オ),「有機珪素化合物の使用量は特に限定されないが,十分な疎水化の効果を得るためには,煙霧シリカに対して1〜50重量%の処理量が好適である。」(ク)などと記載されている。
上記によると,ケイ酸の表面変性処理を行おうとする当業者は,表面変性処理におけるケイ酸と表面変性試薬の反応の機構についての技術常識を踏まえ,表面変性試薬の好適な分量がケイ酸に対して「0.5〜40重量%」,あるいは,「1〜50重量%」程度であることや多くの公知文献に実際の混合比率が開示されていたことを認識していたのであり,このような技術常識を有する当業者が,ケイ酸に対してシランが過剰であっても除去することができる旨の本願明細書の記載に接したならば,過度の試行錯誤を行うことなく,適切なAEROSIL200の使用量を把握することができたものである。
以上によると,本願明細書の例1においてAEROSIL200の使用量が明らかにされていないことを理由として,本願明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たさないとすることはできない。
4. 検討
明細書の記載不備に関しては、サポート要件(特許法36条6項1号)について偏光フィルム事件判決(知財高裁平成17年11月11日判決 平成17年(行ケ)10042号)が、実施可能要件(特許法36条4項)について複合フィルム事件判決(東京高裁平成17年3月30日判決 平成15年(行ケ)272号)が厳しい判断を示している。両判決を受けて厳しい判断を示した判決が続出している。
本判決は、明細書の記載は十分でなかったが、それを出願時の技術常識で補うことにより、サポート要件及び実施可能要件に適合していると判断された事例である。記載不備に関し参考となろう。