知的財産権の判例紹介

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判例紹介 No.10

はんだ合金の発明につき特許請求の範囲の記載がサポート要件(特許法36条6項1号)に適合しないとした判決

知財高裁平成20年9月8日判決 平成19年(行ケ)10307号

特許事務スタッフ

1.本件特許発明
 (1)【請求項1】Cu 0.3〜0.7重量%,Ni 0.04〜0.1重量%,残部Snからなる,金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上したことを特徴とする無鉛はんだ合金。

 (2)発明の詳細な説明
 無鉛はんだを得るためにPbSn半田からPbを除くと溶融時にふわふわして流動性が得られない。対策としてCuを加えて強化するとCuとSnの金属間化合物が発生し流動性が劣るのでNiを加えて金属間化合物の発生を抑制する。
 実施の形態には、Cu0.6重量%、Ni0.1重量%、残部Snの合金半田について9個のサンプルを作成し、ヌレ性試験その他の試験を行った結果が記載されている。

2.特許無効審判
 請求理由:特許法36条4項、同36条6項1号、2号違反)。審決の結論:請求理由なし。
 審決理由の要点(36条6項1号の部分のみ)
 本件明細書の記載によれば,CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるため,NiにはCuとSnの金属間化合物の発生を抑制する作用がある。また、実験報告書乙3(本訴甲9)によれば、はんだの流動性を阻害することが,Niの添加によって抑制される。よって、『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』無鉛はんだ合金は実現できる。

3.判決の要点
 (1)結論:特許請求の範囲の記載は特許法36条6項1号(サポート要件)に適合していないので、特許は無効となるべきであり、審決は誤りである。

 (2)理由:
 a)判決は、先ず特許法36条6項1号に関する偏光フィルム事件判決(平成17年(行ケ)10042号)の判示事項を引用した。
 特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号が規定するいわゆるサポート要件に適合するものであるか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,発明の詳細な説明の記載が,当業者において発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものであるか否か,又は,その程度の記載や示唆がなくても,特許出願時の技術常識に照らし,当業者において発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものであるか否かを検討して判断すべきものと解する。
 また,発明の詳細な説明の記載が,当業者において発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものでなく,かつ,特許出願時の技術常識に照らしても,当業者において発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものでない場合に,特許出願後に実験データ等を提出し,発明の詳細な説明の記載内容を記載外において補足することによって,その内容を補充ないし拡張し,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するようにすることは,発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度に趣旨に反し許されない。

 b)判決は、次いで偏光フィルム事件判決を本件発明へ適用する仕方を述べた。
 本件発明1は,請求項1記載の組成を有する無鉛はんだ合金であって,「金属間化合物の発生を抑制し」(本件構成A)及び「流動性が向上した」(本件構成B)との構成を含むものであるところ,一般に,合金に係る発明を,その組成に加え,その機能ないし性質を用いて特定する場合,当該組成を有する当該合金が当該機能ないし性質を備えることにより,発明の課題が解決されるものと理解されるのであるから,上記a)において説示したところに照らせば,本件発明1の記載がサポート要件に適合するものであるか否かについて判断するに当たっては,本件明細書の発明の詳細な説明が,当業者において,無鉛はんだ合金が本件組成を有することにより,本件構成A及びBの機能ないし性質が得られるものと認識することができる程度に記載されたものであるか,又は,本件出願時の技術常識を参酌すれば,当業者において,そのように認識することができる程度に記載されたものであることを要する。

 c)本件における判断
 本件明細書の発明の詳細な説明には、無鉛はんだ合金が本件組成を有することにより本件構成A及びBの機能ないし性質が得られたとの結果の記載並びにその理由として「CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるため,NiはSn−Cu金属間化合物の発生を抑制する作用をする」との趣旨の記載があるにすぎず,本件構成A及びBの機能ないし性質が達成されたことを裏付ける具体例の開示はおろか,当該機能ないし性質が達成されたか否かを確認するための具体的な方法(測定方法)についての開示すらない。
 発明の詳細な説明に記載された各種試験結果のうち,ヌレ性試験以外の各種試験が本件構成A及びBの機能ないし性質と直接の関係のないものであることは,明らかである。ヌレ性については,発明の詳細な説明には,無鉛はんだ合金自体の融点の温度によって左右されるものである趣旨の記載があるのみであるから,ヌレ性試験についても本件構成A及びBの機能ないし性質とは直接の関係のないものである。
 甲9には,「Niを添加することによって・・・金属間化合物であるCu6Sn5の発生が抑制される。その結果として,『流動性』が向上・・・する。」との見解を示した記載がある。しかしながら,甲9は,本件出願の日から7年以上が経過した平成18年6月6日付けで作成されたものであり,しかも,上記見解は,「同月の時点で最もその分野に明るく,その能力を有する者」が,「同月当時に存在した学術データを基に,当時の知見から考え得るすべてのメカニズムを検討して得た」,「先見性」を有する「個人的見解」であり,しかも,「議論」であり,「まだよく分かっていないので,これから調べる必要がある」というものである。
 そうだとすると,甲9に上記見解を示した記載があるからといって,本件出願に係る優先日当時,「CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるため,NiはSn−Cu金属間化合物の発生を抑制する作用をする」ことが当業者の技術常識であったものとは到底認められない。
  被告は,本件発明 1の無鉛はんだ合金が良好な流動性を示す実験として,甲9を挙げた上,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かの判断に当たり,実験の結果を参酌することが許される旨主張するが,前記a)に説示したところに照らせば,実験結果をもって本件明細書の発明の詳細な説明を補充ないし拡張することは許されないから,被告の主張を採用することはできない。

4.検討
 本件明細書には、特許請求の範囲に記載した組成のはんだ合金であれば特許請求の範囲に記載した機能「金属間化合物の発生を抑制し、流動性が向上した」が得られることについて、当該機能が得られたとの結論およびその物理的理由が記載されているだけであり、裏付けとなる具体的な試験例および測定方法が全く記載されていないのであるから、特許法36条6項1号(サポート要件)に適合していないとした本判決は妥当である。
 特許法36条6項1号(サポート要件)の判断基準は、偏光フィルム事件判決(平成17年(行ケ)10042号)において示されており、本件判決はそれに従ってなされている。
 なお、本件特許権に基づく侵害差止等請求事件(大阪地裁平成20年3月3日判決(平成18年(ワ)6162号))でも特許法36条6項1号(サポート要件)に適合していないという判断が示されている。

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