判例紹介 No.15
知財高裁平成20年12月11日判決 平成20年(行ケ)10194号
1.判示事項
本件発明1は,具材部分と表皮部分とを有する冷凍フライ食品の具材に架橋澱粉又は乳酸ナトリウムを添加することにより,プレフライして冷凍保存した後に電子レンジで再加熱した場合,又は冷凍保存した後にフライした場合,クリスピーな食感のフライ食品が得られるという効果を奏し得るものであり,このような効果は,エビ自体の味,食感や常温における保存性を目的とする甲4発明からは予測できない格別なものである。
2.本件発明(特許3544023号)
(1) 特許請求の範囲(下線は訂正箇所)
【請求項1】冷凍フライ食品用の具材に対し,架橋澱粉または乳酸Naを添加してなり,該フライ食品には具材部分と表皮部分とが存在することを特徴とする冷凍フライ食品用の具材。
(2)発明の詳細な説明
【0005】【発明が解決しようとする課題】本発明は,特にプレフライ後,冷凍保存して使用された場合でも,オーブントースターや電子レンジ等のより簡便な調理法によって,フライ直後のようなパリパリ,サクサク,カリカリ等と表現されるようなクリスピーな食感の美味しく食することのできるフライ食品,およびそのような食感を付与できるフライ食品用の具材を提供することを目的とする。
【0006】【課題を解決するための手段】具材に対し,架橋澱粉または乳酸Na,あるいは『乳酸Na』と『架橋澱粉および/またはカラギーナン』を添加すると,これをプレフライして冷凍保存した後,電子レンジで再加熱するだけで,フライ直後のようなクリスピーな食感のフライ食品が得られることを発見し,しかも,α化澱粉を用いる従来法に比べて,その効果が著しいことを確認した。
【0009】本発明におけるフライ食品とは,春巻,揚げギョウザ,揚げシューマイ,揚げワンタン,揚げパン,フライドパイ,てんぷら,コロッケ,トンカツ,クリームコロッケ等,油で揚げて調理する食品であり,特にこれらは,中身の具材部分と通常衣と呼ばれる表皮部分が存在する。
【0010】フライ食品用の具材としては,通常使用されている原料を用いればよく,例えば,肉類,魚類,野菜類その他必要により添加されるものが挙げられる。
3.特許無効審判の証拠および審決の要点
(1)甲4号証(特開平6−181680号)
エビの処理方法及び該エビを用いた冷凍食品に関する。
【0002】【従来の技術】エビは弁当類の具剤として非常によく用いられる素材であるが、常に微生物汚染から生じる食中毒の危険がつきまとう。これは,調理加熱後,消費者が食する迄,一定期間室温で保存される為、室温保存中に微生物が急激に増殖するからである。この為,製造業者は保存性を向上させる為に厳しい加熱条件で処理し,次にグリシン等の市販の日持ち向上剤を添加する等の工夫を施している。しかし,このような処理を施すと,保存性は確保できるが,エビは硬くなり食感,味が悪くなるという欠点が生じる。
【0004】【課題を解決するための手段】(1)エビを塩類の水溶液に浸漬させた後に,(2)アミノ酸並びに有機酸及び/又は有機酸塩からなる水溶液に浸漬させる。
有機酸塩としては、乳酸ナトリウム,酢酸ナトリウムが好ましい。
【0013】2段階浸漬処理を施したエビはそのまま調理に付しても良く,また,冷凍処理して流通過程にのせても良い。本発明方法で得られるエビをてんぷら,フライ類に使用すると加熱しても食感が良く,しかも保存性に富むてんぷら,フライ類を作ることが可能である。
【効果】本発明の方法により処理したエビを用いて調製したてんぷら,フライ等は味,食感とも優れ,かつ常温で長期保存可能という優れた特徴を有する。
(2)審決の要点
結論:本件審判の請求は認められない。
理由:本件発明1は、具材部分と表皮部分とを有する冷凍フライ食品の具材に乳酸ナトリウムを添加することにより、冷凍保存した場合でも、表面の食感がクリスピーなフライ食品が得られるという、冷凍保存ではなく常温保存を目的とする甲第4号証に記載された発明からは予測できない格別な効果を奏するものである。したがって、本件発明1は、甲第4号証に記載された事項から、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
4.原告(無効審判請求人)の主張の要点
所定の具材によるフライを作るにつき,衣を付けた後に冷凍しても,それで特許性が認められるべきものではない。
イ)甲4における乳酸ナトリウムの使用は,保存性だけが目的ではない。甲4には,「食感」の向上ということが明示されており,これを主目的とした場合に,そのフライを冷凍にすることも当たり前である。
ロ)そして,冷凍の場合でも常温の場合でも,乳酸ナトリウムを混ぜることによるサクサク感の向上は,同じ作用機序で同じように働く。冷凍にした場合にこそ,サクサク感が失われる問題が大きいことは事実であるから,その改善の必要性は大きいのであり,乳酸ナトリウムを使うことはますます当たり前だともいえる。
ハ)また,乳酸ナトリウム添加が保存性の向上を目的とするものだったとしても,甲4には冷凍することを禁止する記載もなく,さらに保存性を高めるために冷凍しようと考えることも自然である。
ニ)乳酸ナトリウムの物性として,吸湿性は昔からよく知られたものであるが,本件特許のサクサク感の向上は,この吸湿性から極めて自然に予期される当たり前の効果である。
5.判決理由の要点
本件発明における「冷凍フライ食品」とは,「中身である具材部分と衣である表皮部分とが存在し,具材部分に架橋澱粉又は乳酸ナトリウムが添加され,その状態で冷凍され,冷凍の前後又はそのいずれかにおいて油で揚げて調理される食品」と認めることができる。
(1)甲4発明は,味,食感及び常温における保存性に優れるエビを提供するために,グリシン等のアミノ酸からなる微生物増殖抑制成分と,乳酸ナトリウム等の有機酸及び/又は有機酸塩を併用するものであり,この常温における保存性に優れるエビにつき,「冷凍フライ食品」とするために,このエビに衣を付けた上,更に冷凍保存しようとするための動機付けを,甲4が当業者に与えるものとはいえない。
本件発明1は,具材部分と表皮部分とを有する冷凍フライ食品の具材に架橋澱粉又は乳酸ナトリウムを添加することにより,プレフライして冷凍保存した後に電子レンジで再加熱した場合,又は冷凍保存した後にフライした場合,クリスピーな食感のフライ食品が得られるという効果を奏するものであり,この効果は,エビ自体の味,食感や常温での保存性を目的とする甲4発明からは予測できない格別なものである。
(2)原告主張を採用しない理由
イ)、ロ)について
甲4における「『食感』の向上」とは,エビの保水性を保ち,エビ自体が硬くなり,食感や味が悪くなることを防ぐというものであって,本件発明のようなフライ食品のフライ後のクリスピーな食感を保持するということとは異なるものである。そして,食品を冷凍した上で解凍すれば,食感が劣化することはあっても向上することが一般的であるとは認め難いから,食感の向上を目的とする当業者にとって,甲4記載の常温のフライ食品を冷凍することが当たり前であるとはいえない。
ハ)について
常温保存可能とされる食品をさらに冷凍保存することが一般的であるとは認め難いから,常温における保存性に優れるとされる甲4に記載のエビてんぷら等のフライ食品を,更に保存性を高めるために冷凍することが,甲4に接した当業者にとって自然な行為であるとは認められない。
ニ)について
甲4には,乳酸ナトリウムの吸水,保水及び吸湿性に関する記載を見いだせず,また,乳酸ナトリウムの上記した性質から,本件発明の効果が経験的又は理論的に導き出せるといえる根拠を甲4や審判時の関係書証から見いだすこともできず,これが周知であるともいい難い。
6.検討
本件発明のクリスピーな食感のフライ食品が得られるという効果は、「冷凍フライ食品」が中身である具材部分と衣である表皮部分とからなり、且つ、具材部分に橋架澱粉又は乳酸ナトリウムが添加されていることにより奏せられるものである。
それに対し、甲4にはエビ自身の味、食感や常温における保存性を目的としてエビに乳酸ナトリウムを添加することおよびエビを冷凍やフライにすることが記載されているが、「冷凍フライ食品」に使用することが記載若しくは示唆されていないので、本発明の効果を予測することができない。判決の判断は妥当である。